1107委員会
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葬儀業界から落語界へ転職した異色の経歴を持つ著者が、落語の演目になぞらえて葬儀の常識、非常識をひもといていく。
 もしかしたら、このまま熱帯になってしまうのではないかと怖れていた此の夏の猛暑も、さすがに立場を弁えたようだ。秋がやってきた。やっぱり自然はすごい。
 「ウカツなコラム」が終了してから約一年、如何お過ごしであろうか。当方は私事ではあるけれど色々とあったのである。
 まず、連載が終った後に出版を企んだ。昨年「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した時に号外を出した記憶がある。あの時点で落語と葬礼を通して人の営みを見つめ直すという趣旨の原稿ができていたのだ。それを、どうしても世に出したいと思ってしまった。「葬式は、要らない」をはじめ、お金だけで葬礼を語る風潮が我慢できなかったのかもしれない。私が落語家になる前に葬儀業界にいたのは何度か申し上げているように思う。そのキッカケは向田邦子さん脚本の「せい子・宙太郎」というテレビドラマだった。主演の小林桂樹さんが先日亡くなって感無量だが、あの世界は落語と並んで伝統文化の宝庫なのである。
 と、いうわけで(どんなわけだ)、「友引寄席(幻冬舎ルネッサンス)」出版記念落語会、【元祖!友引寄席】を開くことになった。10月2日午後6時開演、落語協会2F。最寄駅はJRなら御徒町、地下鉄なら銀座線と大江戸線は上野広小路、千代田線なら湯島で、いずれも徒歩5分程度、木戸銭(入場料)は千円である。
 落語を聴くのがはじめての方から自称マニア、そして打ち上げ等サブカルチャー?目当ての人まで全てに対応できるプログラムを作ったつもりだ。是非お誘い合わせのうえご来場頂きたい。和服やそれに付随した話もできればと考えている。
 そうそう、実は7月からテレビに出て粗顔を晒している。毎週木曜日テレビ東京の「E モーニング」で10時57分より、一分間だけ季節の話題を喋っている。いつかそこから、着物を含めた和の文化を伝えられる番組に進出したいという遠大な夢を持っている。

う勝さんへのお問い合わせ先はこちら→post@u-katsu.com
昨年の11月に羽裏の記事でこのコラムは始まったのだが、せんだって、またオークションで羽裏を買ってしまった。それが上の写真である。落語風にいうと、椎茸が煽りくらったようなシャッポ被って皮の股引穿いたさむれぇがいばって突っ立ってるてぇと洗い髪の女がレェスカレーの皿かなんか差し出してる、絵である。
この侍は太田道灌、娘が差し出しているのはお盆に載せた山吹の花で、俗にいう山吹伝説だ。絞りをあしらっているためマーガレットの花に見えるのは御愛嬌としたい。尚、下の写真は新宿中央公園にある同じ構図の銅像、黄色いのは季節はずれに一輪だけ咲いていた本物の山吹の花である。
入門して最初に教わったのが、「道灌」だという噺家は多い。少なくとも知らないという奴はいない。前座時代にさんざん演るせいか、二ッ目になると高座にかけなくなるのだが、真打になるとまた挑戦したりする。まぁ「釣りは鮒に始まり鮒に終る」というから、落語界の鮒といったところであろう。となると、この羽裏は買わない訳にはいくまい。張り切って臨んだのだけれど、幸か不幸か誰も競って来ず、あっさりと落ちた。安くて喜んだのも束の間、洗い張りと修復に購入金額の二十倍以上かかった。
この羽裏は来るべき真打昇進の際、紋付に用いる予定だ。一番初めに師匠から噺を教わった時の緊張感や高揚感を忘れないためにである。初心を忘れないというのは、道徳的にどうこうではなく、その時代が幸せだった筈という、処世術の問題なのだと判った。
このコラムも今回が最終回。お蔭さまで何とか一年間続けてこられた。なるべく初心を忘れないように書いたつもりでいる。これを機に自分のブログ「一合野郎の日記」に帰ろうと思う。
御愛読ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
春先(Vol 17参照)に自縛的に誂えた御召を今秋デビューさせた。着物というのは生き物だとつくづく思った。私が生地を選び、私の寸法を合わせて仕立ててもらい、好きなように組合わせて着ているのにも拘らず、彼らが自己主張を始めるのだ。
鶯色の羽織を濃緑の紬に合わせてみたらしっくりこない。生成り縞物の長着に何にでも合うとされる黒の羽二重をはおってみたら落ち着かない。やはり、この越後生まれ同士で着ないと駄目なのだと納得させられた。産地も織り方も違うのに、鈍い光沢やシャリ感、控えめのようで芯が強いあたりは紛れも無く同郷の士である。もしかしたらそれが雪国の風土なのかもしれない。年頭Vol 9に掲載した記事は、正直なところ考えも無く書きなぐっただけだけれど、正鵠を射ていて自分が怖い・・恥かしい。
おそらく私に手が出せたような反物は日本産の絹ではあるまい。本当に新潟で織られたのかどうかも疑問の余地がある。それでも越後の伝統といったものは必ず息づいていると思うし、中々取れない座り皺に県民性を想像したりもする(違っていたらゴメンナサイ)。装うというのは、そういう諸々の人(Vol 13参照)の想いが創る風合いを着るのだと改めて教わった。
最近は科学繊維も進んできていて、正絹との区別がつかないものも出てきた。旅が多く仕事で回数着る噺家にとっては、軽いし洗えるしと人気が高い。勿論それらを開発してきた方々も、着物を愛されていらっしゃるのだろう。それでも尚、私は紬や御召や羽二重を着続けたいと思う。見かけや肌ざわりが遜色なくなっても、風合いは違うと信じるからである。同じだと感じた時は、私が風合いという言葉を失った時なのだ。そして、そうなったら落語は喋れない。